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素晴らしき特撮野郎

anguirus.exblog.jp

日本が誇る特撮について、あれこれと感想を述べるブログです

『幽霊屋敷の恐怖 血を吸う人形』

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作品データ
・制作/配給―東宝株式会社
・作品形式―カラー/71分
・封切日―昭和45年7月4日 全国東宝系
・キャスト―松尾嘉代/中尾彬/小林夕岐子


・ストーリー
激しい雷雨の夜、婚約者の野々村夕子に逢いに屋敷を訪れた佐川和彦は夕子の母から、半月前に起きた夕子の事故死を知らされる。夕子の死を信じられぬまま屋敷に泊まることになるが、雷鳴と共にかすかに女の泣き声が聞こえてくる。ある部屋の前に立ち止まりドアの鍵穴を覗くと誰かが座っている。その部屋に入り、クローゼットを開けるとそこに夕子が……。その瞬間和彦は後方から誰かに殴られ気絶した。気がつきふと部屋の窓の外を見ると夕子の姿が――。

婚約者に逢いに行ったまま戻らない兄・和彦の消息を訪ね、佐川圭子は恋人の高木浩と共に和彦の婚約者だった夕子の屋敷を訪れる。だがそこで屋敷の主である夕子の母から夕子は死亡し、和彦は既に帰ったと告げられる。その言葉に疑惑を抱いた圭子は屋敷を探るうちに、ある部屋で和彦が夕子に贈ったはずのプレゼントを発見し、さらに夕子の墓のそばで、血の付いた和彦のカフスボタンを拾う。和彦がいることを確信し車の故障を口実に圭子と浩は屋敷に泊まることに。

その夜、部屋で2人は女のすすり泣く声を聞いた。ますます夕子の母を不審に思う圭子は屋敷に留まり夕子の母を警戒する。深夜、屋敷を探っていると血まみれの手にナイフを持つ夕子が――。二人は野々村家の過去と事故で亡くなった夕子の生い立ち、死亡した経緯を調査していく途上、死亡診断書から夕子の死亡時に立ち会ったある一人の医師をマークする。浩はその医師が営む医院で患者として通院していた人夫の男から、夕子は死後土葬された事実を聞き出す。圭子は和彦の消息を再び聞きただすため屋敷に戻った。

その夜、人夫の男は浩の要請で夕子の墓を掘り返し棺を開けると中にはマネキン人形が入れられていた。驚愕して逃げ出した男の前に夕子が――男の悲鳴を聞いた浩は直後、森の中を彷徨う夕子を目撃する。


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・所感

まず何が怖いって、このポスター。怖すぎるやろ。小学四年生の時に初めて見たときは、手前の女の人の顔が怖くて怖くて、夜もおちおち眠れなかったぞ。すっかりトラウマになっちまって――(またかよ)


『血を吸う眼』でも同じことを言っていた気がするけれど、要はこの「血を吸うシリーズ」こそ、俺の最も古いトラウマの一つなんです。忘れもしない小学四年生のころ、『ゴジラ画報』という本を買ってもらって、そこに、この『血を吸う人形』のポスター絵や、『血を吸う眼』のポスター絵があった。あのね、怖すぎるの、子供心には。とくにこの『血を吸う人形』のポスターは、怖くて怖くて仕方がない。マネキンにも通じる恐怖がある。当然だわな。何せ、血を吸う“人形”なんだから。この映画には、俺が幼いころから、マネキンや日本人形など、リアルな人形に対して持っていた恐怖心というものが、ありありと描かれている。そりゃ生涯最恐の映画にもなろうさ。個人的には、今まで見てきた映画の中で、このたった70分しかない『血を吸う人形』が、最も怖かった。あくまで、個人的意見ですけどね。



これを観たのは、大学二回生くらいのころだったかなあ。『ガス人間第一号』と出会った大学の図書館に、なぜか「血を吸うシリーズ」もあったんですよ(笑)それで真っ先に見たのが、この『血を吸う人形』だった。トラウマっていうのは、やっぱり、それだけ印象深く残っている作品ということだから、ついつい目が行ってしまったんでしょうね。教員採用試験の勉強片手間に観ていたんだけれど……



かつて『大魔神』を観たときは、その面白さに、トラウマとして敬遠していたことを後悔した。でも『血を吸う人形』は違う。好きな作品にはなったんだけれど、トラウマはあくまでトラウマのままだった(笑)


つまり、やっぱり怖かったんです。この映画。

貞子よりも富江よりも、俺は『血を吸う人形』の、野々村夕子がイチバン怖い。

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この夕子は、交通事故のために命を落としそうになったところを、催眠術の力により殺人鬼となって蘇った、可憐にして戦慄の美少女。詳しいことは実際に映画を観てほしいのだけれど、幼少期のトラウマ(のようなもの)から、人の喉を切り裂くんです。全身打撲で内臓が破裂しているため、今にもクナクナと崩れ落ちそうな佇まいをしている。しかも、肩の骨がメチャメチャに砕けているため、ナイフを持つ右手は絶えず血に染まっている。普段は地下室に幽閉されているのだけれど、夜な夜な家を抜け出して、行き会った人をことごとく殺してゆくという、とにもかくにも恐ろしい設定の怪物なのです。


この夕子がねえ……美しき怪物という設定が、個人的には大好きですね。ウルトラセブンの傑作話「アンドロイド0指令」でも恐ろしいアンドロイドを演じた、小林夕岐子さんが演じておられますが、これがもう、めちゃくちゃ上手くて、怖いんだ。清楚で可憐な、でも完全に何かが壊れてしまっている様子。どこかが狂っているのに、平気な顔をして立っているその雰囲気というものが、ほんとうにショッキングだったし、個人的にはとても印象に残った。イメージとしては、割れたガラスですよね。本人もノリノリで演じたって話だけど、鬼気迫るというかなんというか、夕子が画面に現れるだけで、空気から変わる。血の気がなくなった青ざめた顔に、血も凍る笑いを浮かべながら近づいてくるシーンは、思わず顔をそむけそうになるし、ぼんやりと少し離れたところで佇んでいるシーンでも、その陽炎のような佇まいが、とにかく不気味。メイクと、演出と、演技と、すべてが素晴らしくまとまっている。顔立ちの整った女優さんが、凄惨な死人のメイクをすると、こんなにも美しく、おぞましいマスクになるんですね。殺人鬼に変じたときの、金色眼も印象深い。『血を吸う人形』の主役は、まぎれもなく、この夕子。この美しき異形があったからこそ、『血を吸う人形』はジャパニーズ・ホラーの神髄として、高い評価を得るようになったに違いない。



『HOUSE』のところで、ホラーと特撮のコラボについて書いたけれど、『血を吸う人形』では、特撮は裏方に回り、非常に細かいところで効果を発揮しています。冒頭の、雨にぬれる幽霊屋敷がミニチュアだったりとか、薄暗い空に蝙蝠を合成したりだとか。死んだあと、夕子の手がしぼんでゆくのも、優れた効果を生み出していますね。金色眼とか、死人の肌の色とかいった夕子のメイクも、そして夜を歩く夕子のシーンも、特撮といえば特撮かもしれない。真っ白なネグリジェが夜闇に映えるようにフィルムの露出を調節したりしていますからね。

舞台も狭所ながら、なかなかに凝っている。吸血鬼(とは厳密に言えないけれど)という西洋の怪物と、日本の怪談をうまく組み合わせるために、そうとう考えられているのでしょう。田舎の森の奥に佇む、西洋風の大屋敷。古びた幽霊屋敷の主は、着物を着た、無表情の母。夕子が夜を徘徊するときは純白のネグリジェだけど、その墓には「野々村夕子之墓」と、重々しい墨の明朝体で描かれてある。和と洋をうまく組み合わせることで、舞台設定や映像を、違和感なく受け入れられるようになっている。

キャストとして注目すべきは、中尾彬でしょうか。若かりし頃の彼が、ヒロインの恋人役ということで、登場しています。母・志津役の、南風洋子も良かった。あの凛とした、他を寄せ付けない冷たい雰囲気を、現代の役者の中で出せる人がいるのだろうか。


でもやっぱり……小林夕岐子さんの夕子が、何より素晴らしい。これを前にしては、ほかの役者の名演は、かすれてしまう。

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“血を吸う人形”となってからの夕子には、セリフらしいセリフもほとんどない。正気に戻っているときに「殺して……私を殺して……」とすすり泣くくらい。あとは演技だけで、恐怖感を出さなきゃならなかったわけだから、これはほんとうに難しいことですよね。貞子だってセリフらしいセリフはほとんどないけれど、あれは顔も隠れていて、その「見えない」ところに最大の恐怖があった。この夕子は違う。夕子は金色の瞳に不気味な笑みをたたえるといった、殺人鬼の風貌を“見せた”上で、無言を守り続けるのです。動と静の使い分けが、実に見事にされている。犠牲者のそばに、ぼんやりと立ち尽くすところから一転してナイフを振り上げる、そこまでの動きにメリハリがあればあるほど、観ている側とすればドキッとする。初代『ゴジラ』のように、静と動とが巧みに使い分けられているという点も、夕子の恐ろしさを、引き立てる一つの要因になっているのでしょう。



珍しく、大学になって観てからも、けっこう怖かった『血を吸う人形』。70分という短い時間でありながら、中身のかなり詰まった作品でした。それにしても……やっぱり、あのポスターだけはとにかく苦手。魅せられるんだけれど、同時に嫌悪感も抱いている。子供のころに抱いた印象って、そう簡単には代えられないもののようですね……。
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by anguirus | 2012-02-15 06:35 | 東宝